『無痛整体源喜堂・老害になってまで生きたくない』

こんにちは。

 

大垣駅北口徒歩10分、バロー西隣すぐ、

『腰のプロフェッショナル』

無痛整体源喜堂です。

 

『老害になってまで生きたくはない』

という内容で書きます。

 

これから書くことは私個人の考え方ですので、意見が違う方はそれでかまいません。

色々な意見があって当然ですし、個人の思いもありますので…

生き方はその人なり精一杯生き切ればいいのですから…

 

私は自分の寿命は70歳~73歳くらいで良いと思っています。

寿命は神様がお決めになるので、これは私の希望です。

私の考えでは『少しは世間の役に立っても老害になっては申し訳ない』と思っているからです。

 

私は健康になるためのお手伝いの仕事をしています。(整体業)

自分が不健康になり介護になり、誰かのお世話になることほど苦痛なことはありません。

自分の生き方の中で最も嫌なことなのです。

 

学校を出て、仕事につき、結婚をして、子供を育て、現在は老いた親を支えています。

自分の人生の役目はだいたい果たしてきたと思います。

動物の世界では次の世代を残したら命が絶えていくのが普通です。

余生があるのは人間くらいかもしれません…

 

余生とはいったい何でしょうか?

余り(あまり)がある人生なんて必要でしょうか?

そして、そのことが老害になっては大変です。

 

両親の介護の為に婚期を逃して、仕事も途中で辞めなけらばならない50代男性がテレビ番組で取り上げられていました。

その人の人生はいったい何だったのでしょうか?

親は子供に幸せになってもらいたいなら、自分の老後を考えておかないといけません。

 

『親の無責任さ』を感じます。

最近の幼児虐待も耐えられない悲しみがありますが、『人間失格』よりも『親失格』が非常に多いです。

物の豊さで自己管理できない親が増えてきたので、子供の躾などできるはずがありません。

 

私も日本が豊かになった来た時に育ってきた1人です。

高校の同級生の中には先生に対して敬語や尊敬語や丁寧語が使えない者がいました。

そういうのが始まりの世代です。

 

物はドンドン溢れて豊かになっていくのに、心が育っていないのを感じていました。

私はそれがとても嫌でしたし、上の者を敬う心が欠けていくことに悲しさを感じました。

現在の日本に一番足りないところです。

 

介護職では日本人の働き手が減って、外国人の力を借りないと存続できない状況です。

日本人の若い者は働かない者が増加して、働き口はあるのにスキルも無いのに仕事を選んで働かないのです。

働かない者はもう日本には必要ない』と思います。

 

働いている人のおかげで老人の年金は支えられています。

働き手が少なくなると、年金は崩壊します。

余生なんてないのです。(死ぬまで働くのです…)

 

幾つまで働けますか?

限界がありませんか?

飢え死にしますか?

 

なので私は70歳~73歳くらいで良いと思っています。

世間の役に立たなくなったら人生を終えるということです。

長寿でなくて長命が老害になっています。

 

これは私個人の考え方です。

皆さんはそれぞれで良いですよ。

ただ物に恵まれ甘やかされて、自由は主張するのに責任を取らない者ばかり増えては、日本の未来が心配ですが…

 

『老害にまでなって生きたくない』

という内容でした。

 

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